<文学・映画> グレート・ギャツビーF・スコット・フィッツジェラルド

 

やはり欧州の文学は重厚で、日本の近代文学も、森鴎外夏目漱石など初期の文学の巨人たちは欧州文化の薫陶を受けており、伝統的にはどこか欧州文学的です。日本文学においてアメリカ文学の影響や匂いが色濃く感じられるのは、先達はいるものの、やはり村上春樹氏の一連の作品群あたりからでしょうか。特に初期の「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」がそれで、当時のバブル的な時代背景もあって、若者の圧倒的な支持を集めました。村上春樹氏の多くの作品は決してドラマティックではありませが、一つ一つのエピソードが何とも言えない味わいがあって、ジュクジュクと心に染み入ります。
その村上氏が、高く評価、大きな影響を受けたとしているのが、この「グレート・ギャツビー」です。作者はF・スコット・フィッツジェラルド。1925年刊行。アメリカ文学の金字塔と言われています。 

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

 舞台は、NY郊外のリゾート地―ロングアイランド。時代は、第一次世界大戦終結(1919年)から世界恐慌(1929年)に至るまでのささやかな高揚の時代です。そこは白人のエスタブリッシュメントの世界で、人種差別とかそういう問題は存在しません。主人公のニック・キャラウェイは、この物語の語り部です。中西部出身でエール大学卒業後、第一次世界大戦に従軍し、一度故郷に戻りますが、田舎での退屈な生活に耐えきれず、ニューヨークへ向かい証券会社に職を得ます。とあるきっかけで、彼はロングアイランドに住まいを得ますが、その隣で毎週末豪勢なパーティーを開いている伊達男、それがギャツビーです。しかしこのギャツビー、金持ちなのは分かるのですが得体が知れません。そして彼のパーティーに来ている人々も得体が知れません。彼らとギャツビーがどういう関係なのかニックにはよく分かりませんし、パーティーの参加者もギャツビーについて正確なことは知らないようです。むしろギャツビーについて悪意な噂話ばかりしています。


ギャツビーと次第に親しくなるにつれて、彼がデイジーという一人の女性に一途の思いを抱いていることを知ります。ギャツビーは戦争から帰り、その愛する女性を振り向かせるために、少々怪しげな仕事も含め、短期間で巨額の富を築きます。そしていつかデイジーが気づいてくれると期待を抱きながら、毎週末派手なパーティーを繰り返していたのです。


しかしデイジーはすでに富豪のトムと結婚しています。このトムが食わせ物で、マッチョで金持ちですが、自由奔放で浮気も繰り返します。デイジーはそれを知りながら、裕福で安穏な生活のために黙認します。そしてギャツビーの気持ちを知っている彼女は、弄ぶかの様に、ギャツビーとの情事に踏み出します。


ギャツビーはデイジーへの一途な思いを貫こうとします。結末。ある日、ギャツビーとデイジー、夫のトムは街へ繰り出します。そこでちょっとした言い争うがあり、イライラしたデイジーはギャツビーの車を運転し、自宅へと飛ばします。その途中で、トムの愛人が道路に飛び出し、デイジーは彼女を轢いてしまいます。ギャツビーはここでもデイジーを庇おうとします。そして自分の妻―トムの愛人―を轢き殺された男は、トムにそそのかされギャツビーが妻を轢き殺したと誤解し、射殺してしまいます。


あっけない最期を迎えたギャツビーですが、葬儀に参列したのはギャツビーの父親とニックだけでした。あれだけ大勢いたパーティーの参加者も、ギャツビーが亡くなる直接の原因を作り、ギャツビーが一途に愛し続けたデイジーでさえ葬儀には参加しませんでした。一人遠くから埋葬を見つめるフクロウ眼鏡の男を除いては。


ギャツビーという人物の造形は、かなり特別です。金持ちらしいが、得体が知れない、過去は謎めいている。そして彼はデイジーという一人の女性を無垢に一途に愛し続けている。寡黙だが、彼のすべての思考や行動はデイジーの愛を獲得することに向いている。しかも、僕にはどこか、ギャツビーが透明人間のように思えるのです。この感覚は、この作品全体に言えることです。デイジーもその他の登場人物も同じです。唯一語り部のニックだけにリアリティを感じます。この非現実感がこの作品の大きな魅力の一つだと思うのです。


ギャツビーには「卑しさ」がない、というのは変な言い方なのですが、苦悩はあっても陰がない。若くして射殺されるのは人生としては失敗だったかもしれないけど、その潔く高貴な生き方は、時代を経てもギャツビーそしてこの小説が愛読される理由ではないでしょうか?


映画化は二度されています。最初は1974年ロバート・レッドフォードのギャツビーとミア・ファローのデイジー、二回目は2013年デカプリオとデイジーにはキャリー・マリガンが抜擢されています。当然僕のようなオールドファンはレッドフォードの高貴な物腰と、ミア・ファローの小悪魔的なたたずまいが、やはりギャツビーとデイジーの原型です。

華麗なるギャツビー [DVD]

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差別について思うこと

 

ジョージ・フロイド氏の悲劇的な事件以来、人種差別に抗議する行動が世界的に拡散しつつあります。今まで、微妙なバランスの上に保たれていた秩序の崩壊、その欺瞞が一気に噴出しつつあるように見えます。近現代において、人類は様々な差別を克服しようと、様々な犠牲を払いながら、差別のない社会を目指し、大きな進歩を遂げてきたと思っていました。しかし、社会、世界の基調として経済的格差が拡大し、そこに世界のリーダーたる米国でエキセントリックな大統領が登場し、さらに全世界を覆う新型コロナ禍の中で、隠蔽されていた様々な矛盾や現実が一気に露呈してしまいました。

差別問題は、解決されていなかったという事でしょうか? あるいは、人々が押さえ込んできた不満が、一気に爆発してしまったという事でしょうか? 状況は少しづつかもしれませんが、確実に良い方向に向かっていたのだと思います。欧米での変化、象徴的には南アフリカアパルトヘイトの廃止。サッカーやラグビーなどスポーツの世界を見れば、人種などもはや問題ではありません。勝利という共通の目的のために、全員が最善を尽くします。昨年のラグビーW杯は、その意味で象徴的で感動的なものでした。国籍や人種は問題ではなく、基本的な要件を満たした選手は、日本代表チームに属し、そしてあの驚くべき結果を残したのです。もし仮に、純日本人だけでチーム編成をしたら、あの成果はありませんでした。ルールの中で、ダイバシティを取り込み、いかに結果を出すか。ラグビーというスポーツが、我々に残してくれた教訓は、とてつもなく大きかったと思います。

しかし今、すべてが、少し極端に振れてしまっているのだと思います。楽観的に言えば、現在はその修正のプロセスと願いたいです。

 

ところで日本は?

日本は、島国で、基本日本人という単一民族の国家ですから、欧米と比較すると、人種差別的な問題はそれほど深刻ではないと言われています。しかし過去を振り返ると、アイヌ琉球の人々を、いわゆる日本人は統合してきました。特に、琉球(現”沖縄”)については、表向きは差別的な意図は示しませんが、米軍基地を集中させています。政府は沖縄の地政学上の戦略的重要性を主張します。軍事戦略的な是非は分かりませんが、太平洋戦争末期の沖縄の悲劇やその後のアメリカ占領下の苦労を考えると、東京、いや日本人全体が少し考えを改める必要があると思います。沖縄にすべてを押し付け、’臭いものに蓋’的対応は、多分長続きしないと思います。

僕が幼少の頃、こんな小さな田舎町でも、差別的な現実がありました。一つはいわゆる在日韓国・朝鮮人に対する差別です。その頃多くの在日韓国・朝鮮人の皆さんは、パチンコ店のような遊興業やお肉屋さんのような屠殺に関わる仕事に従事していると大人達から聞かされました。だから、パチンコ屋の子供とは付き合うな、と。もう一つは、「部落」です。今はほとんど無いと思うのですが、かつてはある地域が「部落民」の住む地域とされ、様々な不当な差別を受けていました。典型的なのは、結婚に関わることです。〇〇地域の娘と結婚すると言うのなら、お前は勘当だ!みたいな。部落差別は、過去の政府のご都合主義で生み出されたもので全く理不尽なものです。日本政府もこの事に気づいて「同和教育」なる的外れなプログラムを学校教育に取り入れ、僕も小学校の道徳の授業で受けた記憶があります。でも、当時は大人の意識が変わっていないので、子供にとっては、部落問題を顕在化させるだけで、むしろ逆効果だったかもしれません。

政府の方針もあって、日本で生活する外国人が増えています。彼らは、すでに日本社会を担う重要な仲間です。もちろん生活習慣の違いとかがあって軋轢が生じることもありますが、我々はもう少し大らかになる必要があると思います。少なくとも人口比における犯罪率において、外国人の犯罪率が高いという有意は確認できていないと聞いています。

差別あるいは差別意識というのもが完全に無くなるとは、さすがに能天気な僕でも思っていません。そして犯罪や悲劇も決して無くならない。しかし、それらを人種や国籍という分かりやすい属性に結び付けるのはあまりに短絡的です。白人の中にも、良い奴もいれば悪い奴もいる。黒人の中にも、良い奴もいれば悪い奴もいる。日本人の中にも、良い奴もいれば悪い奴もいる。それだけの話です。単純化しない理性が我々に求められているのだと思います。同時に、社会に組込まれてしまった差別構造をどう解消していくか、今まで多くの先達が積み重ねてきた努力を我々は一歩一歩でも継続するという事だと思います。この新型コロナ禍という苦難が、今の社会の矛盾や問題をあぶり出し、その解決に向かっての契機になると信じています。

 

<映画・小説> 風と共に去りぬ

 

アメリカの大手動画ストリーミングサービスHBO Maxが「風と共に去りぬ」の配信を中止したとのニュースがありました。  

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 確かに映画・小説の舞台は南北戦争であり、南部の白人達の古き時代への郷愁も作品の一部を成しています。しかしこの作品が人種差別的という批判が、僕には良く分からないのです。この時代、アメリカは南北に分かれ、南部は奴隷制を基礎としたプランテーション運営が主な産業でした。奴隷たちは、畑仕事をし、家事を担い、その代わり、主人たちは彼らの生活や身分を保証していました。それは差別意識というより当時の南部社会における身分や役割の違いに過ぎないのではないでしょうか? 実際「風と共に去りぬ」の中には、マミーやポークといった重要な黒人奴隷が登場します。彼らはスカーレットをはじめオハラ家の人々から、ああしろこうしろと指示され、時には叱責も受けますが、自分の役割や義務を忠実にこなす僕の様です。そしてオハラ家の人々に敬愛と信頼をもって接し続けます。オハラ家の人々もマミーやポークを頼りにし、その存在を尊重しています。


作品発表当時から、「南部白人の視点のみから描かれており、奴隷制度を正当化し、(オハラ家の様な)白人農園主を美化している」といった批判があり、特に黒人奴隷の描写に関しては非常に強く批判されていた様です。白人至上主義団体クー・クラックス・クランKKK)を肯定していると思われる点も強い批判を受けた様です。
これら多くの批判そのものが的外れだと思うのですが、こんな批判を始めたら文学作品そのものが成立しません。作者のマーガレット・ミッチェルアトランタ生まれであり、本作品の舞台もアトランタを中心とするアメリカ南部です。当然それまでに見聞きしたことや経験が作品の根底になっています。KKKの存在と思想は、僕も違和感を抱いていますが、それは「風と共に去りぬ」という作品を批判する道具に使うのではなく、いまだにこういう組織が存続する事実を、今を生きるアメリカの皆さんがどう対処するか、現代の問題として扱うべきだと思います。


風と共に去りぬ」は、奴隷制を正当化したり美化する作品ではありません。南北戦争で崩壊していく南部を舞台に、強く、したたかに生き抜く一人の女性の波乱万丈の人生ドラマです。自信過剰で、自己中心的で、才覚があって、しかしその為にたまに失敗をする美しい一人の女性のドラマです。主人公スカーレット・オハラは、これ以上ない魅力的な女性で、作者マーガレット・ミッチェルが紡ぎ出した物語は文学史に残るものだと思っています。少なくとも僕にとって「風と共に去りぬ」は、最高のアメリカ小説であり最高のアメリカ映画です。

今回、ジョージ・フロイドさんが、白人警官の過剰な暴行を受け亡くなったのは非常に悲しむべきことです。アメリカ白人の有色人種に対する人種差別的態度は、徐々に改善しつつあると思っていました。しかしそうではないのでしょうか? これはごく一部の人が起こした例外的な事件であると信じたいです。それ以上に、この事件を契機に、アメリカ全土で起こったデモの嵐、それを場合によっては軍を動員して鎮圧すると叫ぶ大統領。自由の国アメリカはどこに行ってしまったのでしょうか?

残念ながら、僕も差別は完全には無くならないと思っています。しかし何とか無くす努力、極端に行き過ぎない努力を人類は積み重ねてきたはずです。アメリカでもオバマ氏が大統領になった時、アメリカのみならず世界中に大きな影響を与えると期待を抱かせました。事実オバマ氏は、就任早々プラハ核兵器に関わるアメリカの責任について演説し、その後ノーベル平和賞を受賞し、また、過去どのアメリカ大統領も尻込みした被爆地の訪問も実現しました。余りに融和的だったとの批判もありますが、次の大統領が次々とちゃぶ台返しを繰り返し、国内外で対立を煽る姿を見ると、いたたまれない気分になります。
そして今度は、配信大手のHBOの「風と共に去りぬ」配信中止です。小さなニュースかもしれませんが、この措置を多くのアメリカ人は支持するのでしょうか? もし支持するとしたら、本当にアメリカはどこへ行ってしまうのでしょうか? 

 

<舞台・映画> 王様と私(The King and I)

 

もう一つWOWOWから。
渡辺謙、ケリー・オハラ共演のミュージカル「王様と私(The King and I)」のロンドン公演です。残念ながら渡辺謙は受賞できませんでしたが、第69回 トニー賞(2015年)で4部門を受賞した作品のロンドン凱旋公演です。
1951年の初演。ミュージカル創成期の最重要コンビーリチャード・ロジャースオスカー・ハマースタイン2世の作です。このコンビには「オクラホマ」「南太平洋」「サウンド・オブ・ミュージック」などの永遠の名作が多々あり、今でもしばしばリバイバル上演されています。もうクラシックと言ってよいのですが、このロジャースとハマースタインの作品は、「サウンド・オブ・ミュージック」が典型だと思うのですが、明るさと苦難を織り交ぜながらストーリーが展開され、最後は希望と未来に満ちたエンディングでクライマックスを迎えるというパターンが感動的です。
さて、「王様と私(The King and I)」ですが、シャム王役の渡辺謙と家庭教師のアンナ役のケリー・オハラが、有名な「Shall we dance」踊り歌うクライマックスからシャム王が亡くなる終幕までの後半、思わず目頭が熱くなってしまいました。


ストーリーはおよそこんな感じです。19世紀中葉、厳粛なイギリス淑女であるアンナが、息子を伴い、シャム(現在のタイ)のバンコクに、王の多くの子の家庭教師として招かれます。到着直後、首相の強面にアンナの息子が怖がったり、住まいが契約とは違っていたりと小さなゴタゴタが続きます。数週間後、王はアンナに初の謁見の機会を与ますが、ゴタゴタは収まりません。絶対的権力と権威を当然と考える王と、イギリス流の教育を受けてきたアンナの対立は続きます。アンナはシャムの近代化計画の1つとして招聘されたのですが、王の昔ながらの考え方と行動と衝突が絶えません。しかし、アンナの真摯で信念に基づいた言動に、王の妻たち、子供たちは徐々にアンナに対する敬愛を深め、魅了されていきます。
一方、自信満々の絶対君主であった王の苦悩が始まります。周りの人々は、徐々にアンナの教えに感化されはじめ、王自身もアンナの数々の発言に、悩みを深めていきます。もう一つのクライマックスは、イギリスがシャムを保護国にしようと、特使を派遣し、シャムの視察に来るというできごとです。王によると、もしイギリスの特使が、シャムは野蛮で未開だと報告した場合、シャムの独立は危機に瀕するというのです。そこで、アンナはその特使を迎えるために、妻たちとの服装を西洋風のドレスにし、西洋風の食事でもてなす準備をすることを提案します。しかも、『アンクル・トムの小屋』を基にした『アンクル・トーマスの小屋』の脚本を準備し、シャムが人権を尊重し、民主的な考え方の国家であることを伝えようとします。この劇中劇「アンクル・トーマスの小屋」にはかなりの時間が割けられており、絶対君主的な王がその考えを変え、民主的な国づくりへ考え方を変えていく、重要な転機となっています。
しかしその後も王の苦悩とアンナとの軋轢は続きます。お互い尊敬し合い、ある種の愛情を抱きながら、根本的な思想や主義の部分では理解し得ない。それは王とアンナの個人間の問題であったでしょうし、西洋と東洋の国家間の問題であったかもしれません。作品は、王とアンナの、互いの葛藤と敬意を印象的に語り続けます。
そして物語は、冒頭に触れた代表作「Shall we dance」から王の死という結末に一気に進んでいきます。王の死の直前、王子は次の王としての自分の方針を堂々と語ります。アンナが嫌っていた「かえるの様な」平伏の挨拶の習慣は廃止するなど。王子が話し続ける中、王は亡くなり、アンナはひざまずき、手を握ってキスをし、妻子たちは旧王と新王に敬意を表し会釈します。舞台では、新王にスポットライトがあたり、新たな出発を象徴的に描きます。
主演の渡辺謙、ケリー・オハラは、ブロードウェイで長い公演を重ねてきたこともあり、共にとてもリラックスしていて、そのやり取りは、時にほくそ笑んでしまうほどナチュラルでこなれています。それも含めて、何とも感動的で余韻の残る素晴らしい舞台でした。

ちなみに初演は、日本でも有名なユル・ブリンナーとデボラ・カーの主演で、映画化もされています。 

 

<舞台・映画> ジーザス・クライスト・スーパースター

 

先日、WOWOWでロンドンのプロダクションによる「ジーザス・クライスト・スーパースター」を放映していました。舞台装置は現代的でカッコよく、ジーザスが天に召されるエンディングは荘厳で、さすが大手プロダクション、派手な演出で感動させます。
ジーザス・クライスト・スーパースター」は、「キャッツ」「オペラ座の怪人」など、数々の傑作ミュージカルを生みだし、サーの称号も持つ、巨匠アンドリュー・ロイド・ウェーバーのメジャーデビュー作です。作詞・脚本はティム・ライス。「エビータ」や「美女と野獣」「ライオンキング」などのディズニー作品も手掛けたこちらもまた巨匠です。主演のジーザス役にはグラミー賞常連のソウル歌手のジョン・レジェンド、さらにアリス・クーパーまで出演する豪華版です。
1971年初演ということですが、全く古さを感じさせないロックサウンドと今でも刺激的・挑発的なストーリーはやはり凄いです。あまり過剰な舞台装置が無くても舞台化でき、製作者のイマジネーションで上演できるので、様々な創造的な芸術家によって再三公演されています。日本では、劇団四季が手掛け、いくつかのヴァージョンがあり、ある時期、劇団四季の若手の登竜門の様な演目になっていました。ただし、ユダを筆頭に、キャストには相当高度の歌唱力が要求される、レベルの高い作品だと思います。


ストーリーはシンプルです、ジーザスの死までの7日間を描くドラマです。しかし、そのジーザス観は、正統的なそれとかなり異なります。伝統的・正統的な解釈は、ジーザスは神の子であり、救世主である。ユダは、ジーザスの使徒でありながら、ジーザスを時の権力に売り渡した裏切り者である。マグダラのマリアは、結局娼婦みたいなもので、ジーザスを誘惑し、誤った道に誘った、と言ったところでしょうか。
ところが、「ジーザス・クライスト・スーパースター」では、かなり異なった解釈とストーリーが提示されます。
当初、圧倒的な支持を得ていたはずのジーザスの行動が徐々に変容していきます。裏切り者と烙印を押されているユダは、むしろジーザスの言動を客観的に見つめ続け、何とかジーザスに軌道修正をして欲しいと思う批判的な賛同者のようです。マグダラのマリアは、ジーザスを誘惑した娼婦と目されていますが、むしろジーザスの苦しみを慰める母親の様な存在として描かれています。
ジーザスを死に導いたのは、ユダでもマリアでも、ましてや当時の統治勢力であるローマでもない。ジーザスは自身の言動が、次第に民衆の支持を失い、その民衆が統治者にジーザスの処分を求めた、というのがこの作品のジーザス解釈です。
かなり挑発的な解釈です。伝統的で敬虔なキリスト信者にとっては、この挑発的な物語をしかもロックに乗せて演じるのですから、ちょっと許せなかったでしょう。実際、1971年ブロードウェイの初演時に、多くのキリスト教者が、その公演に反対したようです。

宗教的な解釈は良く分からないけれど、舞台芸術としてみた場合には、古びることのない魅力的な作品です。なかなか舞台を見る機会がないと思うので、是非映画だけでも見てください。ミュージカル映画には駄作も多いのですが、この映画は、オリジナルの舞台の負けないほどの秀作に仕上がっています。 

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<映画・文学> 存在の耐えられない軽さ

 

何とも長いタイトルだが、一度聞いたら決して忘れることない印象的なタイトルの作品です。原作はチェコスロバキア出身でフランスに亡命したミラン・クンデラ1984年に発表した小説。その後、フィリップ・カウフマンにより1987年に映画化されている。僕は、まずは映画を観、その後小説を読みました。 

 舞台は、1968年前後のチェコスロバキアプラハプラハの春の前後の話しです。民主化の風が吹き始めたプラハ、主人公のトマシュは優秀な脳外科医だが、複数の女性と自由奔放に付き合うプレイボーイでもある。そんな彼が、執刀のために訪れた小さな湯治場で、カフェのウェイトレスをしているテレーザと出会います。この出会いから、トマシュの人生は大きく変化していきます。プラハに戻ったトマシュのアパートに、突然テレーザが押し掛けた挙句、居座ってしまう。テレーザは、カメラマンになりたいと言う。一方で、トマシュは以前から付き合っている画家のサビーナとの関係も終わらせたくない。愛憎に満ちた三角関係というより友情さえも感じさせるような奇妙な三角関係が始まります。
一時プラハには、民主化・自由化の雰囲気が充溢したものの、結局ソ連軍によるプラハ侵攻が始まります。映画では、この侵攻シーンがモノクロと荒れた古い映像でリアルに描かれ、テレーザは無心にカメラのシャッターを切り続ける。トマシュは彼女を守りつつ、群衆に交じってスローガンを叫ぶ。しかし次第に、チェコの民衆の声は弾圧され、再びソ連支配の重苦しい空気が流れて始めます。
トマシュはテレーザと共に、一足先に亡命していたサビーナを頼って、ジュネーブへと逃避します。テレーザは雑誌のカメラマンの職を得、一方テレーザとサビーナの仲が急速に縮まりますが、トマシュはサビーナとの逢瀬を続け、行きずりの女性とも関係を持つことを止めません。トマシュの止まない女癖の悪さ、生きることへの軽薄さに疲れ果てたテレーザは、「私にとって人生は重いものなのに、あなたにとっては軽い。私はその軽さに耐えられない。」と手紙を残し、愛犬を連れてひとりプラハへ帰ってしまいます。ようやくトマシュは失ったものの大きさに気づき、ソ連の監視下のプラハへと戻ります。自分の主義を曲げようとしないトマシュは医者の職を得られず、窓拭きの仕事に甘んじるようになる。しかしテレーザは、プラハの生活にも疲れ、二人はプラハを逃れ、地方の農村でつましくも平和で幸福な生活を送り始めます。しかし、そんな平穏な生活もある日突然、終わりを迎えます。 後日アメリカで暮らすサビーナのもとに、二人が交通事故で死んだことを知らせる手紙が届きます。
あまりに唐突で悲劇的な結末です。しかし、この作品の魅力は、トマシュと二人の女性―テレーザとサビーナの、何とも自由で、生命力に溢れ、自分の考えには忠実で、能動的に生きようとするその生き様にあると思います。トマシュは女たらしで、テレーザに「あなたはごく軽い」と批判されますが、医師の職を失っても共産主義に対する自分の信念は貫き、そしてテレーザを守り抜こうとします。テレーザは、とても純朴で意志が強く、自分の思いに正直で忠実な女性です。サビーナは、ある意味この物語で最も魅力的な登場人物だと思うのですが、芸術家らしい自由な生き方をする一方で、自分の信念、美意識には対しては頑固なまでに正直な生き方をしようとします。


最後に、少し長くなりますが、この作品のプロローグを引用しておきたいと思います。
永劫回帰という考えはミステリアスで、ニーチェはわれわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考え、その考えでは自分以外の哲学者を困惑させた。いったいこの何とも訳の分からない神話は何をいおうとしているのか。
永劫回帰という神話を逆に見れば、一度で消えてしまい、もどってくることのない人生というものは影に似た、重さのないもので、すでに死んでいるものでもあり、それが恐ろしく、美しく、崇高であっても、その恐ろしさ、崇高さ、美しさというものは無意味なものである。」
「無意味なもの」を「軽さ」と呼べばよいのだろうか。「軽さ」とは、すなわち「自由」のことなのだろうか。難しすぎる問ですが、僕のこの作品の登場人物たちの生き様が好きです。

横田滋さんの死を悼む

 

「言葉にならない」とは、こういう現実について言うのだろう。横田滋さんが亡くなったという報を聞いた。享年87歳。奇しくも、僕の父親、君たちのおじいちゃんと同じ歳だ。やはり人間も、多くの人は80歳を超えると確実に老いていく。自分の父親を見ても、かつて頑固で強かった父が、次第に弱々しくなっていく現実を、ゆっくりと受け入れ、いつか来る別れに対して少しずつ心の準備をし始めている。
横田滋さんについては、当然、そういう一般的な死では語り切れない。ある日、忽然と最愛の娘が消え、それが北朝鮮による拉致だと政府が公式見解を発表するまでだけでも、長い年月を要した。その後は拉致被害者の会の中心として精力的に活動し、小泉首相金正日主席とのトップ会談を経て、一部の拉致被害者の帰国が実現した際には、一気に事態が好転するのではないかと期待を抱かせた。しかし期待通り事態は進展しなかった。
その後、横田めぐみさんの娘(と言われる少女)とモンゴルで面会したり、北朝鮮から横田めぐみさんは既に死亡していると偽物と思われる遺骨が提供されたりと、あまりに残酷で耐え難い現実が繰り返された。それでも、横田滋さんは娘めぐみさんとの再会を信じ、活動し続け、天寿を全うした。
どうしたら事態が変わっていたのだろうか? 横田ご夫妻はじめ拉致被害者の会の皆さんの活動が不十分だったとは、とうてい思えない。過去・現在の日本政府の取組が怠慢だったとも思えない。安倍首相、菅官房長官にしても政治家という以前に、一人の人間としてこの問題を解決したいと執念を燃やしていたと思う。しかし、歴史は動かせなかった、動かなかった。北朝鮮の望むものをすべて提供していたら良かったのか。あるいは、北朝鮮を悪の帝国と名指し、国際世論の支持を得て、軍事的に脅迫すれば良かったのか。北朝鮮をあまり締め上げると、今の韓国同様、慰安婦問題とか徴用工問題とかを持ち出してくるだろう。そもそも北朝鮮との間では過去の清算も済んでいないし、国交すらない。
歴史上の悲劇、と一言で片付けるのは余りに安易過ぎるのは分かるけど、過去―特に太平洋戦争前後には、数多の日本人が理不尽に遭遇し、愛する人を失ったという事実もある。東京をはじめとする空爆による被害や、広島・長崎の原爆投下による惨劇をどう受け止めたら良いのだろうか? 卑近な例だけど、君たちのおじいちゃんも、いわゆる旧満州からの引揚者で、あの戦争末期に父親(つまり、僕のおじいさん、君たちのひいおじいさん)は、シベリアに駆り出され、その後の消息はまるで分からず、母親(つまり、僕のおばあさん、君たちのひいおばあさん)は、君たちのおじいさんを含む子供たちを、何とか全員日本に連れ帰り、しばらく後に病死した。こういう理不尽を多くの日本人が経験したはずだし、今も未解決な問題もたくさんある。近年続く自然災害による被害も同じだ。阪神淡路大震災東日本大震災の理不尽や不条理を多くの人が経験している。これをどう受け止めたらよいだろうか。
人間は、忘れることができる。いかなる苦難でも、それが短期間のできごとであれば、少しずつ回復できる。しかし、横田滋さんの戦いは、あまりに長く、希望と絶望の繰返しの連続で、それでも折れることなく、自分の信念を全うするために活動し続けた生き様には、最大限の敬意を表するしかない。
問題はまだ解決していない。横田めぐみさんをはじめ、拉致された人々が、今も北朝鮮にいるはずだ。日本は彼らを救出しなければならない。しかし、そのために僕らに何ができるのかと言うと、少し悲観的になってしまう。拉致被害者の会には賛同するし、その思いは共有したい。北朝鮮に対する日本人の声を代表する上での一部になりたいと思う。が、そういった市民レベルでの思いや活動が、どれだけ問題の解決に貢献できるのだろうか?
僕らは、横田滋さんの思いを忘れてはならない。結局は政治的な問題かもしれない。しかし日本国民全体として、強い意志を表示しつつけるべきだと思う。短時間で解決できないかもしれない。しかし僕たちは、この非人道的な事件を、今を生きる一人の日本人として、決して忘れてはならないと思う。改めて、横田滋さんのご冥福を祈り、合掌。